デフの中身はどうなっているの? 機械式LSDの構造解説講座
本記事は車に関連するLSDの構造を解説します。セッティング範囲が広い機械式LSDの性能を使い切るなら、内部構造をよく知っておくことが大切です。
構造と動作原理を知っていれば、現状不満がどこにあるかを判断し、効率よく車の動きを改善できるようになります。
機械式LSDを活かすに構造と仕組みを知ろう
機械式LSDはトルセン式やヘリカル式、ビスカス式とは異なり、しっかりと性能を使い切るためには車両特性や走行場所、運転操作に合わせた調整が必要になります。
しかし、どこを調整すればどのように変わるか理解するには、LSDの内部構造を知る必要があります。
LSDの複雑で難解な構造と仕組みをしっかりと理解できれば、タイムアップさせるための適切な調整や、不調の原因がLSDのセッティングにあるのか、運転の仕方にあるのかを自分で吟味することができます。
まずは機械式LSDの構造の基礎となる、オープンデフの構造から解説していきます。
ノーマルデフ(オープンデフ)の構造
オープンデフは、サイドギヤ・クロスシャフト・ピニオンギヤの3つの部品がデフケース内に組み込まれた構造をしています。
左右のドライブシャフトを介してタイヤと連結されている左右両側サイドギヤは、クロスシャフトを軸にしたピニオンギヤと噛み合っているため、オープンデフを装着している場合は左側のタイヤを前進方向へ回転させると、右側のタイヤは後進方向に回ります。
この構造により、エンジンの駆動力はデフを介して左右両車輪へ適切に分配されます。
左右のタイヤに回転差が出る状況では、内側のタイヤ回転数を減らしたぶんだけ、外側のタイヤの回転数を増やす動作を自動的に行ってくれるのが差動機構であり、車が曲がる際に必須の装置です。
直進時は、サイドギヤが左右で同じ回転をしているためピニオンギヤは回転せず、左右のサイドギヤおよびタイヤは同じ回転数を維持します。
差動装置の仕組みを数字で解説
より理解が進むように数字を使ってデフの動きを解説します。
デフケースに入力される回転数が100rpmだと仮定すると、オープンデフで緩いコーナーを走行中の内側タイヤの回転数は90rpm、外側タイヤは110rpmというように左右に分配されます。
これが急コーナーになると、内側タイヤが20rpm、外側タイヤは180rpmのように自動調整されることで、どのような曲率のコーナーでも車はスムーズに曲がることができます。
しかし、オープンデフが正常に動作するのは左右のタイヤが同じ力で接地している場合に限られます。
車が大きくロールして内輪の接地圧が減少したり、跳ねてタイヤが浮いてしまったりすると、オープンデフは接地性が低いタイヤの方へ積極的に動力伝達をしてしまう構造をしており、これがモータースポーツにおけるオープンデフの構造的欠点です。
低いスピードでは内側タイヤが20rpm、外側タイヤは180rpmの左右割合でスムーズに曲がれるコーナーでも、車速が上がりタイヤの接地性が低くなると、内側タイヤが180rpmで空転してしまい、接地している外側タイヤには20rpmの回転しか伝わらないといった具合に加速ができなくなってしまいます。
オープンデフのおせっかいを解消してくれるリミテッドスリップデフ
オープンデフは優れた構造であるものの、その構造ゆえにモータースポーツでは不具合が起きます。このデフのおせっかいを解決できるパーツがLSD(Limited slip differential)です。
トルセン式やヘリカル式、ビスカス式など数種類のLSDが存在するものの、動作タイミングなどを内部構造で調整できるのは機械式LSDだけです。
モータースポーツに必須!機械式LSDの構造と特徴
機械式LSDは、多板クラッチ式とも呼ばれ、オープンデフにクラッチを組み込んだ構造です。
ケース内には、サイドギヤ側に連結されたクラッチ板と、デフケース側に連結された2対クラッチ板が備わっており、空転を検知すると、これらのクラッチ板を圧着させます。
クラッチが圧着されることによって左右ドライブシャフトとデファレンシャルケースが同期回転をするようになるため、機械式LSDは内輪の空転を抑えつつ外輪にしっかりと動力を伝えることができます。
空転を検知する機構およびクラッチを圧着する機構は、LSD中央に備わるプレッシャーリングを押し広げることで行われます。
空転が起こると、サイドギヤの回転が中央のピニオンギヤに伝わり、その軸となるクロスシャフトの位相位置も回転します。
クロスシャフトに設けられたクロスピンがプレッシャーリングを外側に押し広げることでクラッチを圧着させ、差動制限が働くのが機械式LSDの構造です。
プレッシャーリングは左右輪の回転差が大きくなるほど強くクラッチを圧着するため、サーキット走行のように内輪が浮くようなときには差動制限を強く効かせ、街乗りのように左右のタイヤがしっかりと接地して緩やかな半径で曲がっているときには、オープンデフに近い動作を両立させることができます。
そして機械式LSDは、クラッチの圧着力(ロック率)と動作方向、動作タイミングが個別に調整可能な構造がもっとも大きな特徴です。
カム角度を変更すれば特性が大きく変わる
機械式LSDの特性にもっとも大きく影響するのは、プレッシャーリングに切り込まれたカム角度です。
具体的な角度はメーカーによって異なりますが、40°・50°・60°のように、おおよそ10°単位で動作が区分されています。
カム角度が大きくなるほどプレッシャーリングは強く素早く圧着動作を行なうため、LSDはロック率、動作速度ともに鋭くなります。
カムの切れ込み角度を広げる方向への調整は、必要なときに素早くロックするレース向けのセッティングです。
カム角度が小さいと、動作タイミング・ロック率ともに穏やかになるため、絶対的な効きは落ちるものの、乗りやすいセッティングになります。
クルマの動きを決める動作カム方向
カムの方向は、1Way・2Wayなどの動作方向を決めます。後方側のカムに押し当てられてプレッシャーリングを開くのが、加速時にのみ動作するFF車(前輪駆動車)に適した1Wayです。
後方向に加え、前側にも切れ込みを入れたものが加速時にも、減速時にも動作する2Wayであり、FR車(後輪駆動車)に適した動作方式です。
その中間的な特性の1.5Wayは、加速方向よりも減速方向のカム角度を抑えることで、加速時には鋭く動作し、減速時には穏やかに効く特性が与えられており、FF車・FR車問わず多くの駆動方式で使いやすいLSDです。
前後のカム角度によっては、加速時は穏やかに、減速時は強く効かせる逆1.5Wayといったセッティングにもできます。
イニシャルトルクは動作タイミングを決める
イニシャルトルクとは、内部に備わったバネによってクラッチプレートにあらかじめ加えておく与圧を指します。
バネを固くしてイニシャルトルク値を高めるほど、低い速度や緩い曲率でも動作しやすくなります。
ただし、イニシャルトルクを高めすぎると常にクラッチプレートが圧着され、常に差動制限がかかった状態になるため、街乗りや車庫入れなどの低速でも効いてしまい、小回りが効かなくなります。
また、クラッチが断続的に密着しては離れてる動作を繰り返すことで起こるチャタリングも発生しやすくなります。
OS技研のスーパーロックLSDは、プレッシャーリングがバネによって常に閉じる方向に抑えられた特殊構造のLSDです。
スーパーロックLSDは、イニシャルトルクを高める方向とは反対方向に力を加える構造によって、唐突なクラッチの圧着やムダな圧着を防ぎ、完全フリーから完全ロックまでシームレスな動作と、設定したイニシャルトルクに対してより正確なタイミングでの動作を可能とします。
調整箇所 | 調整による影響範囲 |
---|---|
カム角度 | 動作タイミング・ロック率 |
カムの方向 | 動作方向 |
バネの固さ | 動作タイミング |
記事のまとめ
LSDは効けばいいというものではありません。オープン状態からロック状態まで過渡特性がもっとも重要であり、ドライバーが望むタイミングで、必要なだけのロック率を得られるのが理想のLSDです。
LSDのセッティングは、FFやFRなどの駆動方式はもちろん、走行するコースやドライバーの運転操作によっても異なるため、一概にベストなセッティングを提示することはできません。
また、メーカーごとのLSD構造によっても特性に大きな違いがあります。
LSDの内部構造を理解していれば、現状に対して具体的な対応策が自分で導き出せるため、ベストなセッティングが出しやすくなるでしょう。