イニシャルトルクとは? 機械式LSDの管理に欠かせないバロメータ
機械式LSDを使用するうえで、ぜひ知っておきたいイニシャルトルクについて解説します。
イニシャルトルクは、LSDのセッティングや状態把握に役立つ一番重要な項目値。機械式LSDを装着するなら、イニシャルトルクの役割をしっかりと頭に入れておきましょう。
イニシャルトルクの計測方法や調整方法についても触れています。
機械式LSDの調整に欠かせないイニシャルトルクとは?
イニシャルトルクは、機械式LSDの動作開始タイミングが決まる数値です。
機械式LSDは動作していない状態でも、内部に組み込まれたバネの力であらかじめ内部クラッチ板(フリクションディスク/プレート)が圧着されており、その圧着力の強さによってLSDが動作しはじめるタイミングが変化します。
予圧を高めておくとLSDがロックするのに必要な力が少なくなるため、LSDはより反応良く効き出します。
この与圧と内部抵抗を出力軸で計測できる力をイニシャルトルクといい、単位はN・mおよびkgf・mを用います。
高いほうがいい? 低いとどうなる?
新品時の機械式LSDは、車両や用途に合わせたイニシャルトルクに調整されています。
しかし、LSDの種類や車の仕様、走行場所やコーナーでのドライバーの癖などによっても最適なイニシャルトルクは異なるため、厳密に何kgf・mがベストとは定めることができません。
まずは、イニシャルトルクの高低によるおおまかな傾向を知っておきましょう。
イニシャルトルク高 | イニシャルトルク低 | |
---|---|---|
タイミング | 早い | 遅い |
引きずり | 多い | 少ない |
チャタリング | 多い | 少い |
用途 | 競技向け | 街乗り・ワインディング向け |
高いと競技向け
イニシャルトルクが高いほど、デフロックするまでの時間が短縮されます。
その結果、唐突なロックが低減されるため挙動が安定し、思い通りのタイミングで動作させやすくなります。
ただし、常にフリクションディスクとプレートが圧着されている状態になるため、低速走行や車庫入れなどの効いてほしくないときにもわずかにロックしてしまう「引きずり」や、異音や振動を発生する「チャタリング」も起きやすくなります。
高いイニシャルトルクのセッティングは、競技向けといえます。アクセルON・OFFを姿勢維持に使うドリフト走行でも、極端な挙動変化を抑えるためにイニシャルトルクは高めにして使用されます。
低いと街乗り・ワインディング向け
イニシャルトルクが低いと、デフロックするまでの時間が長くなるため、街乗りなどの低速走行で不用意にLSDが動作するのを防ぐことができます。
しかし高速走行では、わずかなアクセルオフでもロックが解除され挙動が乱れてしまうなどのデメリットもあります。
低いイニシャルトルクのセッティングは、街乗りなどの状況ではオープンデフに近い動作で乗りやすい反面、サーキットなどではどうしても動作が不安定になります。
駆動輪と操舵輪が同じFF車は、アクセルON・OFFでハンドルへの反力を抑えるため、低めに設定されるのが一般的です。
イニシャルトルクが落ちるとどうなる?
イニシャルトルクは、LSD内部のバネの反発力とフリクションディスク/プレートの隙間に大きく依存します。
摩耗が進むごとにプレート/ディスクの隙間が大きくなり、バネによる予圧が減少するため、イニシャルトルクはLSDを使用していると徐々に低下していきます。
おおよそ新品時から20〜30%ダウンするとLSDとしての本来の性能が発揮できなくなります。
イニシャルトルクは機械式LSDのデフロックタイミングを決めるだけでなく、劣化状態を表すバロメータであるともいえるでしょう。
定期的にイニシャルトルクを測定しておくことで、ベストセッティングみつけやすくなるほか、フリクションディスク/プレートの摩耗状態を知ることができます。
新品時は、初期摩耗によりイニシャルトルクが低下しやすく、慣らし運転を終えた後は摩耗進行が穏やかになることも覚えておきましょう。
イニシャルトルクの測定方法
イニシャルトルクの測り方は、LSD単体もしくは、車載状態でホイールハブに専用ツールを取り付け、大型のトルクレンチで計測します。
計測の前準備として、車をリフトアップし、ギアはニュートラルに入れ、反対側の軸およびタイヤは固定しておきます。
1Wayや2Wayなどの仕様や、計測する際の回転方向はイニシャルトルク測定値には影響しません。
また、計測値はデフの温度やデフオイルの劣化具合によってもわずかに変動するため、なるべく同じ条件で計測することでより正確なデータが得られます。
摩耗していく過程でベストなイニシャルトルク値がみつかる場合もあるため、そのときのハンドリングやラップタイムと、イニシャルトルク値を関連付けて覚えておくとよいでしょう。
デフのオーバーホールで性能回復
イニシャルトルクが一定値まで低下したら、オーバーホール(分解整備)が必要です。摩耗したフリクションディスク/プレートや、へたったバネを新品に交換すればイニシャルトルクは回復します。
また、オーバーホールのタイミングでバネ定数やフリクションディスク/プレートの向きを変えることでイニシャルトルク値を調整することもできます。
適用 | 前輪駆動車(FF) | 後輪駆動車(FR) |
---|---|---|
デフ着脱工賃 | 6万円〜 | 2万5,000円〜 |
デフオイル | 6,000円〜 | 3,000円〜 |
保守部品代 | 2万円前後(車種による) | ← |
LSDオーバーホール工賃 | 1万5,000円〜 | ← |
シム増しでイニシャルトルクを微調整
イニシャルトルクの調整はバネの定数変更が一般的ですが、フリクションディスク/プレートの隙間を調整できる「シム増し」という方法もあります。
ただし、調整用のシムが用意されているメーカーと用意されていないメーカーがあるため、メーカーに調整用のシムが販売されているか、およびシム増し調整が可能なLSDかどうか確認してからシム増し調整を行いましょう。
LSDのケース内に収められるシムの厚さには限界があるため、シム増しで過度にイニシャルトルクを高めるとケースの破損につながります。
シム増しによるイニシャルトルク調整は、コンマ数mm程度の微調整にとどめておくようにしてください。
摩耗しにくいOS技研のLSD
OS技研の機械式LSDは、フリクションディスク/プレートが摩耗しづらく、イニシャルトルクの低下が少ない特徴があります。
画期的な独自技術を多く取り入れたOS技研の機械式LSDは他社製品に比べて高価であるものの、オーバーホールの間隔が長く取れるため長期的な観点では非常に経済的なLSDといえます。
とくに顕著なのはOS技研の主力製品であるスーパーロックLSDです。
多くの機械式LSDは、外側から皿バネによって内側に予圧が加えられているのに対し、スーパーロックLSDは外側の皿バネと、その反対方向に力がかかるコイルバネが内蔵されています。
それにより、イニシャルトルクを高めてもムダな圧着が減少するため、引きずりやチャタリング、フリクションディスク/プレートの摩耗を大幅に抑制することができ、サーキットと街乗りを両立させられます。
また、反対方向に予圧がかかっていることで、アクセルオフで機敏に反応するコントロール性の良さもスーパーロックLSDの美点です。