不思議なメカ 「デフ」を初心者にも分かりやすく解説!

今回はちょっとマジメに、車に欠かせないメカニズムである“ディファレンシャル・ギア”を解説します。構造などについてはこれまでの記事でも詳細に解説してきたので、今回は実際の効果を交えながら、できるだけ分かりやすく解説していきましょう。デフの仕組みを知ると、LSDがなぜ必要なのかも分かりますよ!

回転差を生み出すのがデフの役割

いきなりですが、皆さんは車を二柱リフトで上げているとき、タイヤ(駆動輪)を手で回してみたことがありますか? 経験のある人は、反対側のタイヤが手で回した方向と逆回転することに驚いたはず。これ、実はデフの仕業です。

ディファレンシャル・ギア……通称デフは、左右のタイヤに回転差を生み出すのが役割です。まずは一般的な、「オープンデフ」と呼ばれるメカニズムから見ていきましょう。デフの働きを文章や図で理解するのは難しいので、こちらの動画をご覧ください。動いている様子を見るのが一番理解しやすいからです。

動画を見れば一目瞭然ですが、車はカーブを曲がるとき、内側のタイヤより外側のタイヤの方が、より長い距離を、より速い速度で走らなければなりません。学校で生徒が列になって行進するとき、カーブ内側の人は足踏みするように、外側の人は早足で歩かないといけないのと理屈は同じです。

このとき、デフは車がスムーズに曲がれるように左右輪の回転数に差を付ける働きをします。それが“差動装置”と呼ばれる理由。回転数は路面からタイヤにかかる抵抗力に応じて決まります。つまりコーナー内側を走るタイヤには、外側のタイヤよりも大きな抵抗がかかっているのです。

デフ
▲デフ内部の構造を模式化したもの。駆動力をかけるとリングギア(紫色)がデフキャリア(紫色)ごと回転し、ピニオンギア(緑色)を公転させる。ピニオンギアは自転もするため、左右輪のどちらかに抵抗がかかると、逆側の車輪を倍速で回転させる(画像はWikipediaからの引用)

車はデフがなくても直進することはできますが、スムーズに曲がることは一切できません。カートなど一部の車にはデフがありませんが、あれは例外。カートの場合は荷重移動が大きく、カーブでは内側のタイヤがほとんど浮いた状態となるため、カーブ内側のタイヤを強制的にスリップさせながら曲がっているのです。車が蒸気機関で走っていた黎明期の時代、デフも既に発明されていました(一説には、荷車の時代から差動原理は発明されていたとも)。車にとって、デフはなくてはならないメカニズムなのです。

デフの作用は駐車場でも見られる

さて勘違いしたくないのは、差がつくのはあくまで“回転数”であって、“駆動力”ではないということ。駆動力はコーナーを走っていても、たとえ片側のタイヤが浮いてしまったとしても、常に左右均等です。

ウソつけ! と思われた方もいるでしょう。浮き気味になっている方が明らかに多く回っているのに、駆動力は均等……という現象はイメージしにくいかもしれません。理解するには、駆動輪の片側だけジャッキアップしている状態を想像すると良いでしょう。エンジンをかけ、駆動力をかけると前進はしませんが、浮いているタイヤが空転し始めます。実はこのとき、設地している側のタイヤにも微弱な駆動力が働いています!

しかし浮いているタイヤを空転させるために必要な駆動力はごく僅か。デフは左右均等にしか駆動力を配分できないため、設地している逆側のタイヤにもごく僅かな駆動力しかかからないのです。その証拠に、空転しているタイヤの回転に抵抗をかけてあげると、設地しているタイヤにも駆動力が伝わり、ジャッキが外れて車は前進し始めます(危険なので、この実験は絶対にしてはいけません!)。実はこの状態こそ、後述するLSDと同様の原理です。

ジャッキアップ
▲LSDが装着された車の場合、片輪だけジャッキアップしてタイヤを回す行為はNG。設地しているタイヤも回ってしまうからだ

デフは悪戯好きでもある

車が曲がるのに必要不可欠なデフですが、ときにイタズラをすることもあります。ドライバーなら誰しも、以下のような状態をひとつは体験したことがあるでしょう。

・立体駐車場のスロープなどで、タイヤが空転して怖い思いをした
・雪道や泥道で、タイヤがスリップして前進できなくなった
・真っ直ぐな高速道路を走っているのに、ハンドルがふらつく
・急なカーブを走っていると突然、失速した
・砂利道を走っているとき、ハンドルを切っても全然曲がってくれない

駐車場
▲カーブのきつい上り坂などは、デフの副作用による空転を体感しやすい場面

これらの現象はほぼ全て、デフの副作用によるもの。ピニオンギア(上記の動画中ではスパイダーギアと説明)がフリーに自転してしまうため、抵抗の少ないタイヤを回す駆動力しか掛けられないために発生します。それなら、ピニオンギアの動きを制限しちゃえばいいじゃない! ということで発明されたのが、デフロックやLSD、ブレーキLSDなどの機構。順に説明していきましょう。

■デフロック
デフロックはピニオンギアの働きを完全に殺し、左右輪を一本棒の状態にするものです。つまりカートと同じ状態。泥濘地やモーグル地形などで左右どちらかのタイヤが浮いてしまったとしても、設地している側のタイヤに駆動力がかかるので強力な悪路走破性能を発揮してくれます。

ただしグリップの良い路面ではほぼ曲がれない状態となるので、オンロードではもちろん、オフロードでも高速では一切使えません。そのため、通常はオンオフスイッチが付いていて、必要なときのみ作動するようになっています。利用できるシーンはかなり限定的、装着されるのはランクルやジープなどの本格四駆のみです。

オフロード
▲オフロード四駆には、純正でデフロックを備えた車がある

■LSD
いっぽうLSDは「Limited Slip Differential(リミテッド・スリップ・ディファレンシャル)」の略で、シーンに応じてデフの働きを適度に制限してくれるのが特長。先ほどオープンデフは「抵抗が少ないタイヤを回す駆動力しか伝達できない」と書きましたが、LSDは空転しようとする車輪軸にあえて”抵抗”をかけることで、駆動力を生み出します。

LSDの種類は実に多種多様。代表的なものは摩擦板を内蔵し、それをサイドギアとデフキャリアに取り付けて摩擦力を発生する“機械式”です。差動制限をかけるキッカケもタイプによって異なり、左右輪の回転差に反応する回転感応式、駆動力をかけることで反応するトルク感応式などがあります。詳しくはこちらの記事(https://osgiken-jp.com/lsd/species/)をご覧ください。

■ブレーキLSD
ブレーキLSDは左右のタイヤに対して個別に、自動的に、ブレーキをかけることで差動を制限するものです。デフ本体は通常のオープンデフとしたまま、ブレーキを利用するのが特長。いわばABS(Anti-lock Brake System=アンチロック・ブレーキ・システム)の進化版といったところです。

高度な電子制御によって車の姿勢をコントロールするのが目的。つまり安全装備の一種であり、上記の機械式LSDとは本質的に目的が異なります。最近は新型車のほとんどに採用されていますが、後から社外品として装着することはできません。

あらゆる車でLSDは有効!

さて、機械式LSDを装着した車は、オープンデフの車とどんな風に違うのでしょうか?

効果はタイプによって様々ですが、車にもともと装着されている純正LSDはドライバーに存在を感じさせない程度の利き方であることがほとんど。「そう言われてみるとタイヤの空転が少ないかな」程度の違いです。純正品は特別な知識や技術を求めない万人向けの設定とせざるを得ないため、仕方ないところでしょう。

アフターパーツで販売されているLSDも、目的や構造によって利き方は千差万別。純正LSDのようにマイルドなものから、「直線でアクセルを踏んでいるときには直進性が高く、アクセルを抜くとグイグイ曲がる」といったスポーツ走行向けのもの、アマチュアには扱いの難しい競技専用のものまであります。

デフの作用を制限することで直進性が高まるのは分かるけど、よく曲がるようにもなるのはナゼ? と疑問に思う方がいるでしょう。車はコーナリング中、内側を走るタイヤの荷重が軽くなってしまうため、オープンデフだと駆動力を十分にかけることができません。

それに対して機械式LSDを備えた車はコーナリング中も駆動力をかけられます。車は曲がろうとする力(=ヨーモーメント)が発生しているときに駆動力をかけると、ヨーモーメントがさらに大きくなる特性があり、そのために曲がりやすくなるのです。

ただし、アクセルを踏んだ状態からステアリングを切り始めても、なかなか曲がるキッカケを与えられません。また機械式LSD装着車はコーナリング中に過度に駆動力をかけると、スピンしやすくなる傾向もあります。つまり、上手に操るにはある程度の知識と技術が必要です。

逆にテクニックさえあれば、オープンデフとは比べものにならないアグレッシブな運転が可能になります。目的に適ったものを見つけられれば、先に挙げたデフの副作用を解消しつつ、さらに気持ちの良いハンドリングを実現することができるでしょう。

ドリフト
▲テールスライド、ドリフトといった高度なテクニックにも、機械式LSDは必須の装備

LSDはスポーツカーにのみ有効な装備ではありません。オフロードを走る機会の多い四駆、SUVユーザーからは昔から寵愛されてきました。また直進性が高まり、長距離運転が楽になる、未舗装路でスタックする心配が少なくなる……といった理由から、最近はミニバン、ワンボックスのユーザーからも人気です。

機械式LSDの効用については、こちらの動画もぜひご覧ください。